CLASSIC CARS

Porsche 935/2.0"Baby"

ポルシェがFIA-Gr.5レースに投入した「935」は、軽量な車体と強力なエンジンを武器に連戦連勝、 やがてはレースそのものを独占していった。 しかし、いつしかそれは問題視され、ライバルだったものたちは 下位クラスに転向していった。 そんな状況を受け、ポ…

1973 Pontiac Firebird Trans-Am SD-455

第二世代の「Firebird」は、年式別に3種類のフェイスバリエーションがあった。 大まかに分けると、1970-74年式を「前期型」、1977-78年式を「中期型」、 そして1979-81年式を「後期型」に分類、今回の「TRANS-AM SD-455」は、 前期型を象徴するモデルとして…

Volkswagen e-Bulli

「Typ-1 ビートル」に続いて、「Typ-2 サンババス」のEV換装車「e-Bulli」が発表された。 レストアされた車体の後部には電動モーターが、中央にはバッテリーユニットが それぞれ設置されたという。 充電口はリアナンバーに覆われる形で設置。 最新鋭のナビゲ…

VEB Trabant

第二次世界大戦後、時代は米国とソビエトによる軍拡競争…所謂「冷戦時代」に入った。 その時代、敗戦国となったドイツは東西に分断された。 その際に建設された「ベルリンの壁」は、それを象徴するモニュメントとして、 今日でも知らないものはいないだろう…

Nissan R380A-Ⅱ

1960年代中盤、当時のプリンス自動車はレーシングカー「R380」を開発、 グランプリレースに投入した。 そしてその改良は、日産による吸収合併後も継続して行われた。 そして日産によって製作された「R380-Ⅱ」は速度記録用として、 空力特性を重視しての開発…

1959 Morris Mini-Minor

1959年、イギリスにエポックメイキングな車が生まれた。 車体サイズを限界まで突き詰め、その上で室内空間を出来る限り拡大した小型車は、 「ミニ」と名付けられた。 その最初の生産車は「621AOK」のナンバーが与えられ、現在は資料館に保管されているという…

BMW Z8

1999年、BMWはアメリカ市場での販売を想定して開発された「Z8」をお披露目した。 この車は、車体にアルミを使用し、4.9リッターV8エンジンをフロントに搭載したオープンカーで、 デザインは1950年代後半の名車「507」をモチーフとして設計された。 BMWの追求…

Volkswagen EA266

1960年代後半、当時のフォルクスワーゲンは「ビートル」の後継車の開発について模索していた。 第二次世界大戦前に基礎開発が行われた「ビートル」は、戦後には派生車種が多数生み出されるほどの 大ヒットを出したが、それに代わる車種の開発準備が遅れたこ…

Shelby GT500-Super Snake

Continution Model Shown 1964年、アメリカに1台のマスターピース的なポニーカーが誕生した。 そのポニーカーを、同じアメリカのレースチームがマッスルカーに仕立て上げ、 サーキットやドラッグストリップに送り込んだ。 フォードがシェルビーと手を組んで…

Aston Martin DB3S

第二次世界大戦後、アストンマーティンは大きなターニングポイントを迎えた。 1947年、トラクターの製造開発で財をなしたDavid Brownによって買収され、翌'48年には 「DB1」を発表、以来「DBシリーズ」を(休止を挟みつつ)展開している。 そのDBシリーズ第三…

Daihatsu P-5

1960年代、ダイハツがまだ大阪の町工場同然の中小企業だった頃、持てる技術をつぎ込んで開発された 1台のレーシングカーが作られた。 今で言うところのレーシング·プロトタイプとして開発された「P-5」は、ダイハツ初の四輪車 「コンパーノ」ベースのレーシ…

Audi-NSU Ro80

2018年現在、ロータリーエンジンの研究開発を行っている会社は、日本のマツダしかいない。 しかし、そのロータリーエンジンは、元々はドイツで開発されたものであった。 当時西ドイツにあった自動車メーカー·NSUは、1957年にFelix H.Wankel博士を招聘しての…

Mitsubishi Stalion

1982年、三菱は本格的なスポーツカーとして、「スタリオン」を発表した。 この車は、当時提携先であったクライスラー向けにも売られることもあって、北米市場をメインに 企画開発されたもので、グレード体系は当時モータースポーツによるイメージ戦略の確立…

Ford Edsel

アメリカン·ドリームに沸いた1950年代の後半、デトロイトの各社は矢継ぎ早にニューモデルを 大量に投入していた頃、フォードは二代目社長·Edselの名を冠した新型車を投入、フロントの鼻先に 盾型風のグリルを設置した個性的なデザインで他社との差別化を図っ…

Mazda Roadster Restoration Project

1989~97年に生産された「ユーノス·ロードスター」を、あと10~20年長く乗るために、 マツダは「ロードスター」のレストア事業を開始した。 対象となるのは世界中に散らばる数万台で、レストアでどうしても課題となる欠品部品は全て再生産、 車体の修復や内…

Nissan HKS R32 GT-R Gr.A

1990年、当時発表されたばかりのR32型のスカイラインGT-RがGr.AレースのDiv.1クラスに 参戦を開始、強敵とされたフォード·シエラRS500を撤退に追い込み、わずか1年でワンメイク レースと化した。 そんなGr.A末期に、メーカーワークス一色のレースに、唯一の…

Toyota AE85

1983年、当時「カローラ/スプリンター」がFF化された中、「レビン/トレノ」はFRシャシーが 踏襲された。 そのシャシーに新型の「4A-GELU」型4気筒1.6リッターエンジンが搭載されたという「AE86」型が 走り屋の間で注目されたことにより、ドリフトに供された…

Detomaso Pantera

1971年、デトマソが3台目のスポーツカーとして発表した「Pantera」は、フォード製の V8エンジンをミッドシップ搭載した車で、シャシー設計をダラーラ、デザイン設計をギア(Ghia)に 依頼して開発された。 初期型のエンジンはクリーブランドV8-351で、330hpの…

Toyota Sports-800 GR-Concept

1965-69年の5年間で、3000台程度が生産されたという「スポーツ800」は、当時の大衆車 「パプリカ」をベースに開発された、トヨタの名車である。 そのシャシーナンバー「UP15-10007」をTGR&TMEJの社員有志がレストアし、白を基調とした カラーリングに仕立て…

Volvo Amazon-P130

1959年~70年という、12年間に渡って生産されたボルボのクラシックカー「アマゾン」は、 2ドアセダンの「P130」、4ドアセダンの「P120」という2種類のボディラインアップで展開された。 その中で、スポーティーなイメージとされたP130は、高性能エンジンが与…

Chevrolet Bel-Air E-ROD V8

シボレーのレストモッドは、レストモッド業界の中で最先端を行くスタイルとして知られている。 その最先端というのは、「E-ROD」という、エンジンから排気系までがセットとなっているという 最先端のクレートエンジンで、シボレーパフォーマンスによって販売…

Perlini 105F"Red Tiger"

イタリアの重機メーカー「Perlini Equipment」は、'80年代にパリダカに参戦していた トラックメーカーでもある。 そのPerliniが投入した1台が「105F 」···通称"Red Tiger"である。

BMW M1-Procar

1977年、BMWは当時経営難に陥っていたランボルギーニと技術提携し、1台のスポーツカーを 開発した。 このスポーツカーは「M1」と名付けられた、直列6気筒エンジンをミッドシップ搭載した唯一の MR駆動であった。 当時のGr.4レースの参戦を目指すべく製作を開…

Reliant Robin

英国で生まれた迷車「Reliant Robin」は、1973~2001年という期間で生産された。 この車は、当時の税制上の問題で三輪車として計画されたため、走行安定性に難ありの代物と なっており、そのため急ハンドルで転倒するという有様の車となってしまった。 それ…

Mercedes 300SEL-6.8 AMG

メルセデスのスポーツブランド「AMG」の歴史は、この車から始まった。 1971年、当時はまだ無名の、しがない自動車修理工場が製作した「300SEL-6.8」は、エンジンを 6.8リッターV8DOHCに改造し、車体をロールバー溶接止めとした、当時のレーシングカーである…

Subaru 1000

1960年代、富士重工が仕掛けたモータリゼーションの次の一手として、 小型車の開発に取り組んだ。 その小型車は、今日のフルライン4WDメーカーの礎となるメカニズムが 搭載されたFF車で、1966年に市販された。 「SUBARU 1000」と名付けられたこの車は、当時の…